こどもの頃、祖父の本棚や少年ジャンプに熱中した時間は、今も生活の楽しい事につながっている気がします。
ゲームや動画が中心の息子にも、漫画や活字の面白さが日々に混ざるといいなと思い、
身近な駅や家族を舞台に、AIの助けも借りて短い物語を書きました。
けっこう楽しんで読んでくれた感じはしたけど、読書量が増えたかというと…?
まぁまた気が向いたら作るのもいいかな
[1]木曜の夜 ― MODとの出会い
母が使っていたパソコンは、壊れてしばらく埃をかぶっていた。
直して、いまは自分のゲーミングPCだ。
今日もサンドボックスゲームを起動し、いつもの『朝川駅再現ワールド』を読み込む。
外に面した券売機、ホームの点字ブロック、線路脇のフェンスまで、それなりに作りこんだつもりだった。
でも、なんか足りない。
時計は丸型だったはずだ。現実とちょっと違う気がする。
看板の下にある、細かい案内表示が作れないのも気に入らない。
「全然本物に近づかん…」
そのときネットで、ある書き込みが目に入った。
『新登場:TransitSync MOD。リアルすぎて笑うレベル』
リンクをクリックすると、紹介ページが現れた。
駅時計や電光掲示板、案内放送まで!表示と動きを同期できるという。
ただちょっと気になったのは、利用条件に『指定サーバーへのアップロード』とあることだ。
「…まぁ、別にいいか」
軽い気持ちでいつものようにMODをダウンロードし、データをゲームに組み込む。
と、ワールドが一気に変わった。
なめらかに開閉するドア。時間ぴったりに、掲示板がピッと点く。音までクリアになった気がした。
興奮してもう一つの最寄り駅『花野台駅』も作り始め、気づけば夜10時を過ぎていた。
[2]金曜夜 ― 没頭と制作の壁
学校とそろばんを終えると、手を洗って食卓へ。今日は父の帰りが遅い。
夕飯を早めにすませ、PCの前に戻った。
朝川駅と花野台駅のホームは、それぞれほぼ完成。本来別の路線だが、ここはゲームの中。
隣り合うように間の線路はつないであり、好きな車両で行き来できる。
今日は柱の色や、広告など掲示類も整え、放送テキストも入れてみた。
音声は録音してきたものを使い、文字が流れるともうかなり本物っぽい。
でも、MODで細かい部分が作れるようになった今、現実の情報がもっと欲しくなった。
どうしても思い出せないところがある。
改札口にある小さな掲示板、白線の間隔、 ホームの端の非常ベルの色…。
「うーん、現地の写真、もっとちゃんと撮っとけばよかった…」
構内の写真は少ない。電車や外観はけっこうあるのに、看板や広告は見つからない。
そのとき、後ろから母の声。
「なあ、ももやん。明日、天気よさそうやね。
私も太陽の光浴びたいし、一緒に駅見に行く?」
反射でうなずいた。
「行く! 写真めっちゃ撮る! んで、ワールド完成させる!」
[3]土曜朝 ― 朝川駅で撮影、そして地下へ
天気は晴れ。肩の力が抜けるような、ちょうどいい風が吹いていた。
撮影用のスマホと飲み物を黄色い斜め掛けバッグに入れて、自転車にまたがった。
めざすのは、朝川駅。
大きな川のすぐ近く、撮り鉄の聖地だ。線路の向こうで水面がきらきら光っている。
そんな情景を思い浮かべながらペダルを踏むと、遠くのレール音が少しずつ近づいてくる。
線路沿いの道を走るほどに、胸も高鳴った。
駅に着くと、さっそく写真を撮りはじめた。
券売機、改札、電光掲示板。ICカードをピッとタッチして改札を抜け、構内も撮影した。
階段、ベンチ、非常ベル、ゴミ箱。
後ろでくすっと笑う気配に気づき、振り返る。
空を見ていた母と、すぐ目が合った。
「せっかくやし、ちょっとだけ乗ってみる? 次の駅まで」
一瞬驚いて、それからにやりと笑った。
「行こか!」
ちょうど電車がやってきて、二人で乗り込む。
橋に差しかかると、川の光が窓いっぱいに跳ねた。
線路の低い唸りが一定のリズムで、足元に心地よくひびく。
窓の光がすっと切れ、黒い口が迫ってくる。
「あれ…?」 耳の奥が、ふっと塞がる。
ここにトンネルはないはずだった。
車内の空気がすっと冷えて、窓の外がやわらかい闇に変わったそのとき、天井のスピーカーが鳴る。
《 つぎは 花野台(はなのだい)》
息をのむ。 隣どころか、路線までちがう名前だ。
電車が、静かに停まる。
ドアが、開いた。
[4]花野台駅 ― 静かなホームと改札
花野台。身近なもう一つの駅の名前だ。
ゲーム内で、記憶があいまいなまま設置した看板。
それが、いま目の前にある。
白地に黒と赤の文字、『花野台』。現実はこうじゃなかったはずだ。
「誰も、おらんね…」
ホームに人影はない。聞こえるのは、換気の音と、電車が走り去る残響だけ。
母は階段を指さす。
「改札、行ってみよっか」
無言でうなずき、階段を上がる。
ここにも誰も、駅員さんもいない。
改札機のカードタッチパネル。
よく見ると、タッチ部分には青白く滲んだ文字で、『再同期』と表示されている。
なんとなく近づき、手を伸ばしてみた。ピピッ。
指先に小さな振動が伝わる。 「え、あれ?」 まばたきで閉じた目がひらかない。
青白い改札の光だけが、まぶたの裏に貼りついている。
換気の低い唸りがすうっと薄れ、音が遠くなっていく。
[5]帰宅 ― 『アップロード完了』
ふと目を開けると、家のリビングにいた。
座っていたのは、いつものソファ。
床にはバッグが転がっていて、靴は玄関にそろえて脱がれている。
横を見ると、母もソファの端に座っていた。
髪が少しだけ乱れている。スマホは手の中。
そのとき、玄関の鍵が開く音がしてドアがガチャリと開いた。
「ただいまー! 連絡つかへんかったから、晩ごはん買ってきたで〜」
父の声。スーパーの袋を提げて入ってくる。
「お父さん!!」
立ち上がって叫ぶ。
「花野台駅、行ってきた!!」
「あれ? 朝川駅行ったんじゃなかったん?」
母が小さく息をついて言う。
「…自転車、朝川駅に停めたままみたい」
「あら?じゃあ、まぁ晩ごはん食べたら取りに行くかー」
指先にまだ、あのタッチの震えが残っている。
夕食後、出発前に無言でPCの前に座り、電源を入れた。
ゲームの起動画面が表示され、ワールドが自動で読み込まれる。
読み込み完了通知の手前、そこに白い文字がふわっと浮かび上がった。
『よくできました アップロード完了』
カーソルが小さく震える。駅前の画面に、見慣れた自転車が映っている。
PCファンの回転音を聞きながら、つぶやいた。
「次は…栄市駅やな」
※本作はフィクションです。登場する名称・機能は架空です。